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セミナー・イベント情報
第1回 教育の質保証・質向上オンラインセミナー 基調講演
2020年11月27日(金)に実施された第1回「教育の質保証・質向上オンラインセミナー ~Afterコロナを見据えて今大学ができること~」で京都大学の飯吉透先生にご講演いただいた内容をまとめております。
基調講演「教育の質保証・質向上を巡って ―日本の高等教育と大学の課題と可能性―」
ポストコロナ時代の大学教育の在り方を考える
ポストコロナを考えると、オンラインの活用は必須です。しかし、「木を見て森を見ず」ではありませんが、授業のみに着目しているだけでは大学は変わっていきませんし、学生の多様な学びを包括的に支えてはいけません。
今回の「教育の質保証・質向上オンラインセミナー」では、「いま大学教育で何が求められているのか」、「何を考えていかなくてはいけないのか」等々について、色々と示唆をいただける先生がたにお話を聞いていきます。
私は現在、中央教育審議会(以下、中教審)大学分科会の質保証システム部会に臨時委員として参加していますので、まずは、そこで議論されていることを踏まえながら、「今、大学の質保証はどうなっているのか」ということをお話ししたいと思います。
大学設置基準と質保証システム
現在、我が国の大学は文部科学省が学校教育法によって定める大学設置基準を満たしている必要があります。設置基準は開設時、そして開設後は定期的に基準を満たしているかについての評価が行われています。
まず、大学の設置時について見ていきましょう。大学設置者から設置申請が提出されると、大学設置・学校法人審議会が設置認可審査という形でピア・レビューを行います。レビューの結果、足りない部分があれば改善を図り、改善の結果、設置基準を満たせば、大学の新設が認められます。
設置後は7年以内ごと、文部科学大臣が認証する認証評価機関による認証評価を受ける必要があります。認証評価は、設置時の基準を維持できているかということを確認する仕組みです。この定期的な認証評価に対応するため、大学では自助努力として、恒常的に自己点検・評価等による内部質保証のための活動を続ける必要があります。
しかしながら、大学設置基準自体が「教育の質の保証」を担保するわけではありません。少々乱暴な言い方をすれば、各大学が取り組んでいるのは、あくまで認証評価対策のためのチェックと改善に過ぎません。また認証評価は外形的な評価なので、教育実践的な観点から、教育の質が保たれ向上しているのかどうかを評価することはかなり困難です。
例えば、 授業やカリキュラムが実際にどのように実施されているかについては書類審査だけではわかりませんし、授業を見学できたとしても、選ばれた授業を対象とした短時間の見学では、大学全体の授業実践の実態について把握できるわけではありません。また、3つのポリシー(アドミッション・ポリシー、カリキュラム・ポリシー、ディプロマ・ポリシー)の達成状況を点検・評価している大学は、国内の全大学の7割に上っていますが、この点検・評価が教育の改善にどれだけ繋がっているのかについても、それだけで質保証にはなり得ないというのが正直なところです。
中教審で話し合われている質保証・向上システムとは
では、実質的な教育の質保証・向上には、どのように取り組んでいけばよいのでしょうか。皆さんの多くはご存知だとは思いますが、中教審が2018年に「2040年に向けた高等教育のグランドデザイン」として出した答申では、「教育の質の保証と情報公開-「学び」の質保証の再構築-」を重要なテーマとして挙げています。
また、経団連と大学の協議会では、Society5.0時代に求められる人材及び能力として、「課題発見力・解決力や未来社会の構想・設計力」が挙げており、またそのベースとなる「論理的思考と規範的判断力」を備えた人材を大学で育ててほしい、という要望も産業界から出ています。
次に、「教育の質の保証と情報公開」とはどういうことかを、もう少し詳しく見ていきましょう。まず大切なのは、学生が「何を学び、身に付けることができるのかが明確であるか」ということです。学ぶ内容や育成されるべき能力については、3つのポリシーで明確に書かれていますが、それらが実際にしっかりと修得され身に付いているかどうかを測るのは容易ではありません。
さらに、「学生は、学びを通じて本当に成長しているのか」を把握することも難しいところです。今の大学の仕組みでは、基本的に、単位取得を積み重ねていけば卒業できますが、それ自体が学生自身の成長にどの程度寄与しているのかを証明するエビデンスが数多くある訳ではありません。
最近では、担任制や海外の大学のようなアカデミック・アドバイザー制度を導入している日本の大学もあります。このような大学でも、1人の先生が4年間を通して学生の成長を見られるようになっていればいいのですが、データだけは取られていても、それが定常的に活用されていなければ、誰も学生の成長を一貫して見ていないということになってしまいます。
大学における教育に関する情報の公開についても、「こういう教員をこれだけ雇っている」という形骸的な情報は公開されていても、これだけでは、その大学の教育が学生にとって充実しているという証明にはなりません。その意味で、今後は教学マネジメント、教学IR、学生調査なども、より重要な役割を果たすことが期待されます。
質保証システム部会では、「Society5.0、ニューノーマルなど将来を見据えた新しい大学像」、「大学に対する社会の信頼を確保するための最低限の質保証」、「実効的かつ効率的な質保証の仕組みの在り方」などが議論されています。
質保証システムと言っても、色々なレベルがあります。例えば、「日本の国としての高等教育の質保証」もあれば、「大学レベルでの質保証」、「各部局・学部・研究科・専攻・プログラムレベルでの質保証」、「授業レベルの質保証」等があり、これらの各レベルの質保証が意味をなしてリンクされている必要があります。それがトータルシステムとしての「高等教育の質保証」となるわけですが、これは非常に複雑なものです。
加えて、国際的な質保証システムの互換性も重要です。留学における授業レベルでの単位互換性は勿論ですが、ジョイントディグリー、ダブルディグリー、デュアルディグリー等における学位プログラムレベルでの国際的な質保証のマッチング等についても、ご経験のある方は非常に大変だということをご存知かと思います。日本の大学が独自の教育の質保証をやっていると、海外の大学とのマッチングができなくなってしまいますので、このような国際性の担保も見据えながら取り組む必要があります。
このように、「木だけでなく森も」見渡せば、「質が保証されている大学」とは、大学として様々なレベルにおいて教育の質保証ができている、ということに他なりません。
飯吉先生からの提言
教育の質保証とオンライン教育については、「高等教育におけるオンライン授業の質保証」と「オンライン教育で質保証」という両方の観点から捉えることが大事だと思います。「オンライン授業の質保証」とは、授業やオンラインで提供される教育プログラムレベルでの質保証を指します。これに対し、「オンライン教育で質保証」とは、例えば、学部の教育プログラムやカリキュラムの質を保証するために、オンライン教育やオンライン授業を活用するということです。具体的には、リメディアル的にオンラインで補講やチュートリアルをおこなったり、授業の内容の先取りをしたい学生がオンラインで学べるように工夫するようなイメージです。このようにオンライン教育で質向上を図るには、e-Portfolioやブロックチェーンを使って学びのエビデンスの可視化を図るということも併せて重要になると考えます。
さらには、既存の「単位を積み重ねていけば卒業」というような学修成果の認め方だけに留まらず、マイクロ・クレデンシャル(Micro Credentials)のように、学位は出ないが単位的には認証される仕組みや、インターンシップなどの課外活動も含めた学修成果を可視化してエビデンスと共に認定することも、これからの社会と高等教育の関わり方を考えれば、より大事になってくると思います。また、一人の学生が複数の高等教育機関を渡りながら学ぶ場合に、より単位や学位が認定され易くするような通用性の向上も、今後必要になってくるでしょう。
また、ジョブ型雇用が注目される中、社会と大学を行き来するような人の学修履歴と職歴を相互参照できるようにしたり、「教育や仕事を通じて培われた知識・技能」と「仕事で求められる能力」のマッチングをより的確に行えるようにすることも重要になってくると思います。
日本の大学は、よく「入りにくく、出やすい」と言われていますが、入口と出口、つまり入学時と卒業時の選抜や認定のあり方を、どのようにバランスを取っていくかも含め、しっかりと検討していく必要もあります。3つのポリシーの中では、アドミッション・ポリシー(AP)とディプロマ・ポリシー(DP)が、これまで以上に重要になってきます。また、カリキュラム・ポリシー(CP)の下で、例えば、各科目・科目群で得られる知識や技能が、どのようにDPに結びついているのかを明示していくことも、より求められていくことになると思われます。いずれにしても、単位や学位を認定する際にともすれば洩れ落ちてしまいがちな「実質を伴った学修成果の可視化」と、それを踏まえた教育の質保証を考えていくことが肝要です。
講演者
飯吉 透先生
京都大学 高等教育研究開発推進センター長・教授
兼任:大学院教育学研究科教授(高等教育開発論講座)
中央教育審議会大学分科会質保証システム部会 臨時委員
カーネギー財団知識メディア研究所 所長、東京大学大学院 情報学環 客員教授、
マサチューセッツ工科大学 教育イノベーション・テクノロジー局シニア・ストラテジスト、京都大学教育担当理事補等等を歴任。共編著書に『ウェブで学ぶオープンエデュケーションと知の革命』(共著、筑摩書 房)、「Opening Up Education」(MIT出版)等。
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※講演日:2020年11月27日(金)