期末テストは行わず、課題の積み重ねで評価
「情報社会と情報論理I」は経営学科2年生前期の専門科目として行っているもので、ICT知識や、その利用に関する権利や倫理について学ぶ科目です。一般的な座学形式の全15回の講義で、通常では70名ほどの履修者ですが、2020年においては約100名が履修しました。
山梨学院大学 様
山梨学院大学
原 敏先生
2020年12月2日(水)に実施した第1回私の授業・取り組み紹介オンラインセミナーにて授業での実践事例をお話いただきました。
後半には徳島大学 金西 計英先生によるインタビューも実施しております。
最下部に動画とPDFデータのダウンロードリンクもございますので
あわせてご覧ください。
「情報社会と情報論理I」は経営学科2年生前期の専門科目として行っているもので、ICT知識や、その利用に関する権利や倫理について学ぶ科目です。一般的な座学形式の全15回の講義で、通常では70名ほどの履修者ですが、2020年においては約100名が履修しました。
この講義では期末試験を行っていません。その理由は、授業で学んだ知識を、素早く引き出す能力をつけ、実用のための知識にして欲しいからに他なりません。テストを実施すると学生たちは一夜漬けや持ち込みをして、授業の内容を覚えなくなるからです。その代わり、考える能力やCompetency(コンピテンシー:行動特性)を育成することを目的として、毎回の授業で課題を出し、その評価の積み重ねで成績をつける形を採っています。
課題の出し方にも工夫しています。課題は調べて答えを出すという「調査的」課題、様々な情報や資料などから自分で答えを導き出す「発展的」課題、そして、自分の意見を出す、つまり正解のない「議論的」課題の3種類を出しています。いずれも100文字程度で答えを記入する形です。
講義前課題は授業のある週の月曜日朝7時に出題し、期限を授業当日の朝9時としています。授業は木曜日4時限なので、十分な時間を与え、時間がなくてできないという言い訳にさせないためです。課題の内容は講義に関連することについて出題し、次の授業への興味をもたせつつ、前提として知っておいてもらいたい単語などを調べさせることで、当日の授業で説明する時間を省けるようにしています。また、解答の正誤は問わずに、文字数が過大・過少、解答が全く関係ない内容以外ならば成績点を与えています。
講義後課題の例 | |
調査的課題 (調べて答えを出せ) |
よく、「国際特許申請中」や「国際特許取得」などの宣伝文句が飾られている商品やサービスが存在するが、そもそも「国際特許」とは何であろうか。この「国際特許」について調べ、100字以内で説明せよ。 |
発展的課題 (考えて答えを出せ) |
“歌手A”が歌唱し、CDを出している“楽曲B”がある。この楽曲Bの、作曲者は歌手A自身で、作詞者は“作詞家C”、CD収録曲の編曲も歌手A自身である。 あるライブ(コンサート)で、歌手Aが楽曲Bを歌唱したとき、歌詞の一部を変更して歌唱した。この時のこの行為が、著作権的に問題(侵害)があるかどうかを、その理由と共に100字以内で答えよ。 |
議論的課題 (正解は無い) |
ネット依存・スマホ依存について、みなさんの状況(予習課題のK-スケールの結果など)を考えると、もはや放置していて良い状態では無いと思われる。この依存症に対して、どのように向き合って、これから対策していくことが必要だと思うか、100字以内で答えよ。今、依存症だと診断されていない状況の人は、依存症にならないようにするためには、として答えよ。 |
講義本体は、オンライン授業の実施に伴い、Zoomで60分の講義を行い、残りの30分は質問とその応答の時間としています。これは学生によって通信環境に差があることから、通信量を削減することへの配慮とともに、オンライン授業で90分間集中力を保たせることは難しいと考えているためです。また、授業中、学生のカメラはオフでも良しとしています。
質疑・応答の時間は雑談的内容でも良いとし、科目外の質問にも答えるようにしています。また、60分の講義本体終了後は学生の判断でログアウトして良いとしています。
授業は manaba のアンケート機能を使ったアンケートから始めています。授業の30分ぐらい前に、講義のテーマに沿って思いついた設問で実施し、その結果への感想から授業に入っていきます。こうすることで、授業への興味関心を更に高めるようにしています。
授業中はオンラインでもホワイトボードに板書を行っています。PowerPointを使わないのは、板書のほうが自由に書き込みできるということと、左右を使い分けることで、ノートに書き写すのが遅い学生でも写し取れるように配慮できるためです。私の授業では一切資料を配布しないため、板書の書き写しが重要です。その背景には、教育学などで実証されている「他の動作と関連付けると学習効果が高い」という研究に基づいています。
講義終了後にはその回の講義内容に関連した内容の課題を出しています。前述した「調査的」「発展的」「議論的」という課題を約100文字で解答してもらう方針です。講義後課題の締切りは、翌週の講義前課題と同じにして、次の講義日の朝9時までとしています。
課題で成績評価を行うにあたって、次のようなポイントが重要だと考えています。
まずは、「小点数課題をたくさん出し、それを累計する」ということです。講義内容を満遍なく問うことができ、1回の評価段数を少なくできます。また、回数が多く、1回あたりの点数が少ないため、仮に未提出の回があってもその影響は限られたものとなり、学生のモチベーション維持にも繋がります。更には評価の揺れが少なくなり、勉強時間も積み重ねていけます。
解答を100文字程度に限定しているのも重要なポイントです。解答を簡潔にまとめる努力が必要で、字数数制限があることから、安易にネットからのコピペで済ませることができなくなります。また、採点する立場から言えば、慣れてしまえば100文字はぱっと見で採点できます。評価も3段階程度にすれば、提出が100名居ても30分程度で採点が完了できます。余談ですが、学生は文字数制限を厳密に考えるようで、今は厳密に80〜120文字で解答するように伝えています。
もう一つ重要なのは採点基準と現在成績の公表です。採点に関していえば、減点基準などは学生にとって極めて重要です。採点基準を明確化し開示することで、点数に関する問い合わせや疑義質問はほとんどない状態になっています。
課題の採点はできるだけ早く、基本はいわゆる翌営業日に返すようにしています。また、自分がいま何点かということも学生に開示することで、自己評価や現在の状況がわかるので、これが単位取得の指標となって「あとどのくらい点数が必要か」という、いわゆるゲーミフィケーションの一種として、学生たちのモチベーションにつながっています。
学生たちは、学習の必要性を感じるものであれば、つまらなくても学びますが、興味を持ったものに対しては、面白そうだという積極的な姿勢で学ぶと思っています。そのようなことを踏まえ、私は講義とはトークショーだと考えて臨んでいます。漫談のように楽しそうに話し、たとえ話をうまく使って、身近なものごとから興味を持たせることも大切です。
また、今も大きな声で話していますが、発声も重要なポイントです。ボソボソ話していたら聞きづらく、話している内容がうまく伝わらず、聞いている学生たちは眠気を催してしまうかもしれません。学生に学びの姿勢を持ってもらうには、聞きやすい大きな歯切れのいい発音で話すことも大切だと思います。
幸いにして、学内のリモート授業のアンケート結果では、学内平均を総じて大きく上回る高評価をもらいました。これまでの取り組みが実を結んだかなと考えています。
金西:小さな課題をたくさん出すと採点が大変ではないですか。
原:私の場合は逆に楽ですね。manabaでレポートを集めてデータを吐き出してExcelで見るようにしていますが、解答は100文字なので画面上でもすぐに読めます。評価は3段階なので、読んですぐに数字を入れていけば採点は終わります。慣れると50人ぐらいなら5分ぐらいで終わります。これが紙なら、まず学籍番号順に並べるところから始めなければならないので、データ化されているmanabaなら全然手間はかかりません。
金西:課題に対して学生からの評判はどうですか。
原:解答の文字数が少なくて、答えることが明確になりやすいと好意的な声が多いですね。
金西:具体的な課題の例を教えてください。
原:講義前課題の例ではこのような出題をしています。
●そもそもインターネット(Internet)とはなんでしょうか。自分で調べて、100字程度で答えてください。 ●コンピュータやネット用語としてよく耳にする、ブロードバンドとはなんでしょうか。自分で調べて、100字程度で答えてください。 ●そもそもスマートフォン(Smartphone)とは、どのような電話(phone)なのでしょうか。自分で調べて、100字程度で答えてください。 |
課題の文字数は10年ぐらい研究してきた結果です。200文字だと内容がばらけてしまいがちで、100文字なら丁度いい答えが得られるということがわかってきたので、約100文字としています。ただ、最近は文字数について学生からの質問が多いので、80〜120文字としています。
金西:単位を落としてしまう学生は落としてしまうものですか。
原:だいたい8回目ぐらいで単位を落としてしまう学生はわかってきます。このような学生のほとんどは最初から取り組んでいない学生です。したがって救済措置は取りません。後半になって単位取得ぎりぎりの学生には、提出遅延の理由書などを出させるなど、救済措置を取っています。
金西:成績分布はいかがですか。
原:自己管理がしっかりできている学生にとっては簡単だと思います。逆に「楽」だろうと思って取った学生は、課題の多さに「大変」と漏らしながらC評価で滑り込んでくる感じです。
金西:期末テストを実施しないということに対する学内の評価はいかがですか。
原:10年ほど前に始めた頃は指摘を受けましたが、小テストの結果を積算して評価するという形でエビデンスを取るということで理解してもらいました。逆に今のこの状況下では主流になりつつあります。
金西:全てリモート授業になる前と後での授業の進め方に変化はありましたか。
原:やり方自体は大きく変わっていませんね。対面がZoomになり、板書するのが黒板からホワイトボードになったぐらいです(笑)。オンラインでもチャットで学生とやり取りできるので、質問や板書した字が読めなかったりしたときは質問がチャットで飛んできますので、コミュニケーション面も問題ないと思っています。
金西:では、ご覧になっている方々からの質問です。
遠隔授業で全体的に課題が増えていると思いますが、他の授業との課題の兼ね合いはいかがですか。
原:他の授業では後半になればなるほど課題が増えて難しくなっていく傾向にありますが、この授業では最初から最後までコンスタントに同じ量を出していることもあり、特段の配慮はしていません。ただ、後半になればなるほど正解のない課題を出す割合が増えていきますので、結果的には他とのバランスが取れているのではないかと考えています。
金西:学生はどれぐらい課題に時間をかけている感じですか。
原:ログを見ていると、だいたい30分〜1時間程度ですね。
金西:リモート授業での工夫はどんなことをされていますか。
原:情報系の教員ということもあり、配信するための環境は色々と整えました。PCはWi-Fiではなく有線LANを使い、ホワイトボードの位置も書きやすいように高さを調整しました。あとは、伝える熱意を切らせないようにして、動きを見せるということは意識しています。
金西:もし期末試験を実施するとすればどのような形を考えていますか。
原:他の授業では“試験風の演習”として、 manaba を使って60分間限定公開で回答に60分ぐらいかかるような問題数の課題をやりました。回答に時間がかかるので、カンニングをしている暇もないと思います。このようにやり方の工夫で実施することも可能ではないかなと考えています。
原 敏 先生
山梨学院大学 経営学部 教授
学習・教育開発センター 研究員
東京工業大学 博士(理学)。
専門分野は、宇宙線物理学実験から始まり、医用画像工学や、教育に関する情報システム学に及ぶ。主な科目担当分野は、情報セキュリティや情報倫理。学内FDや教員支援、IRも担当。
インタビュアー:金西 計英 先生
徳島大学
高等教育研究センター 教授
関西学院大学、金沢工業大学、四国大学を経て、1999年より徳島大学に着任。専門は教育工学。学内のeラーニングの普及と運用に取り組む。
PDFデータは下記よりダウンロードいただけます。
※講演日:2021年12月2日(水)